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『坂の上の雲』~脚本家の言葉~ [ドラマ]

いよいよ今月29日よりNHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』の放送がスタートします。
[第1部:2009年11月29日~総合テレビ(日)午後8:00~(5回)]
前回、『坂の上の雲』公式ガイドブックの発売のお知らせをいたしましたが、その中に「脚本家の言葉」として生前野沢尚が書きのこした文章が掲載されています。

脚本家の言葉.jpg

この文章は、2002年の末にNHKの制作発表資料用にと書いたものですが、当時、制作自体がかなり先であることから会長会見でコメントするだけにとどまったため、資料の配布が中止となり、未発表だったとのことです。
担当プロデューサーが大事に保管していてくださったおかげで、今回掲載していただけることになりました。
当時のこの作品にかける野沢の想いがとてもよく表れた文章だと思いますので、ここでご紹介させていただきます。

           
            脚本家のことば             野沢 尚

 戦地に赴く心境だ。
 秋山好古にとってコサック騎兵隊と相まみえる満州(現・中国東北地方)の大地がそうであったように、秋山真之にとってバルチック艦隊と激突する日本海がそうであったように…
 100年前の日本を描くこれからの大仕事は、男女の情念や、血なまぐさい犯罪といった現代劇ばかりを書いてきた私にとって「未知なる戦場」である。
 私はこれまで60本以上の脚本や小説を書いてきたが、どんなジャンルであっても「日本の今」と「そんな国にいる自分」を分析し、未来を祈ってきたつもりである。
 現在は過去によって導かれる。ならば近代日本を辿ることは、今を検証し、未来への祈りにつながるはずだ。

 明治維新によって日本は劇的に解体し、情熱を抱いた「書生たち」の手作りによって国家は再構築された。
 司馬さんの言葉を借りれば、「この長い物語は日本史上類のない幸福な楽天家たちの物語」である。
 わずか35年の人生を駆け抜けた正岡子規でさえ、病床にあっても精神のフットワークは軽く、陽気な生き方を貫いた。
 それは、社会のどういう階層の子供であっても、ある資格を得るための必要な記憶力と根気があれば、博士にも官吏にも軍人にも教師にもなり得た時代だった。そして資格を取れば、いきなり国家の重要な部分をまかされる。素姓の定かでない庶民であっても、神話に登場する神々のような力を持たされ、国家のエンジンとなった。
 政府も小世帯、陸海軍も小さい。まるで町工場のような小さな国家の中で、彼らは部分部分の義務と権利を与えられ、「よし、頑張ってやろう」と意気に感じて働き、この弱小チームを強くするというただひとつの目的に向かって突き進んだ。
 明治の明るさはこの楽天主義からきていると、司馬さんは分析する。
 坂の上にかかる雲とは、ひたすら険しい坂道を登る彼らが、ようやく彼方に見た「希望」を象徴している。
 が、同時に、それは日本の未来にたちこめる暗雲でもあった。
 太平洋戦争に敗北したのは、日露戦争からわずか40年後である。
 勝利が国民を狂気に駆り立て、敗戦が国民に理性を与える。戦争の勝敗とは本当に不思議なものだと、司馬さんと同様に、私も思う。

 この物語には、研ぎ澄まされた豪傑な軍人たちと、想像力に溢れた政治家たちが登場する。
 現代日本が最も欲しているリーダーの姿である。「坂の上の雲」が日本の経営者たちの愛読書であることは、なるほどと頷ける。
 が、どんな優れた政治家や戦略家がトップにいても、戦争の最前線は苛烈を極める。凍てついた戦場にはおびただしい流血。山を埋めつくす死屍累々は腐臭を放つ。
 司馬さんの原作に私が付加できるものがあるとすれば、前述した楽天主義とは無縁の、困窮を極めた農村から徴兵された者たち――「名もなき兵士たち」が体感する、戦場での恐怖だ。
 私の視点はその時、当時の満州(現・中国東北地方)の大地すれすれにあるだろう。
 つまりスピルバーグの「プライベート・ライアン」や「バンド・オブ・ブラザース」でも描かれた戦場のリアリズムである。
 その片鱗を探るため、この2月、厳寒の203高地に立ち、想像力を傾けてこようと思う。

 私はこの物語を、私の子供たちに伝えたい。
 過去から託された日本という国を、子供たちの未来に橋渡しする役目を、「坂の上の雲」の脚色という形でまかされたのだと思う。
 司馬さんにとって40代の10年間を費やした小説だったように、私も40代の代表作にするべく、全精力を傾けるつもりだ。


2009-11-03 03:52  nice!(7)  コメント(4)  トラックバック(0) 
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コメント 4

えーわい

いよいよ秒読みですね。
しかし、この脚本家の言葉を読むと涙が出てきそうです。
40代の代表作にすべく最後まで見届けて欲しかった・・・
子供たちに伝わるといいですね。
by えーわい (2009-11-06 19:24) 

gyaro

お~!ガイドブックが!♪
これはぜひゲットしておこうと思います☆
最近、テレビ番組をいろいろ見逃しちゃってますが、
『坂の上の雲』は絶対に見逃せない作品です^^
あ、私のブログの放送予定も更新しなければ。。。^^;
by gyaro (2009-11-09 04:11) 

Sho

野沢さんの文章に、グイグイと引き込まれていきました。
野沢さんの痛いほどの真摯さが、真っ直ぐに伝わってきます。
「祈り」と言う言葉が印象的でした。
「ふたたびの恋」のなかでも、登場する言葉ですね。
誰かの幸せを、誰かの苦痛の軽減を、少しでもよい未来を。
「祈り」というのは、真剣な思いからしか生まれないものと思います。
野沢さんは常に「祈り」を抱かれながら、仕事をされていたように思いました。それは本当に、想像を超えた険しい道だったと拝察いたします。
by Sho (2009-11-14 21:25) 

早武郎

テロップの脚本に野沢尚を見たときは泣けました。テッシュ20枚消費しました。感動。
by 早武郎 (2009-12-05 19:45) 

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