この劇的空間 [野沢コメント記事]
1998年4月、「小説すばる」に載せた記事です。
作品を作り出すときに聞いていた音楽など、皆さまには興味深い記事かと思います。
作品の執筆に入る時には、まずBGM選びから始まる。
『恋人よ』という連続ドラマをやった時には、音楽をデビット・フォスターが担当することがあらかじめ決まっていたため、彼のアルバムを片っ端から買い集めた。先ごろ終わった『青い鳥』では、Globeの主題歌がデモ・デープで送られてくると、毎日それを流してからパソコンの執筆画面と向かい合った。
すると、過剰なまでの劇的空間が仕事場を支配する。脚本を書きながら、すでに音楽の入った完成シーンが頭の中で繰り広げられている。時には登場人物の台詞を口にし―――つまり、豊川悦司になりきるわけだが――大音響のバック・グランド・ミュージックの中で涙さえこぼす。
音楽によって僕の体内では覚醒剤が製造され、夕方まで服用を続ける。だから午後5時、その日のノルマを終了してソファに寝転がると、とてつもない疲労感が体を覆う。
仕事場のCDラックには百枚以上の映画のサウンド・トラックがジャンルごとに並んでいて、作品世界に応じて出演を待っている。
映画のサウンド・トラックほど、劇的高揚感を知り尽くしている音楽はないので重宝している。
これから撮影に入るNHKの連続ドラマは中年男とダブル・スコア年の離れた若い女とのラブ・ストーリーだが、その執筆時にかかっていたのは『あなたが寝ている間に』『グリーン・カード』『恋のためらい』『アメリカン・プレジデント』といった映画音楽だった。
つい最近書き上げた江戸川乱歩賞受賞後第一作の長編は、婦人警官を主人公にしたハードボイルド冒険活劇である。今回選んだのは、ジェームス・ホーナー作曲の映画音楽。『48時間パート2』『身代金』『今そこにある危機』といった作品群だ。この作曲家はおそらく今年、『タイタニック』でオスカーをとるだろう。
アクション・シーンになると、高鳴る音楽の中でモデルガンをパソコン画面に向けて「その銃を捨てろ」とか何とか言っている。家族には決して見せられない姿だが、先日、七歳の長男に垣間見られてしまった。
「何だか楽しそうだね」と彼は微笑む。僕はバツが悪く、「楽しかないよ。毎日苦しいよ」と愚痴っぽく言うのだが、彼は「ふふふ」と微笑むばかりで、父親の苦労を理解してくれない。
今日も僕はこの劇的空間に漂う。
共通テーマ:本
コメント 0