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映画館まであと4か月 [「映画館に、日本映画があった頃」]

映画館まであと4か月

 夏風邪の後遺症で空咳が2か月続き、ヴイックスドロップがないと人と話ができない有り様で、3か所の医者で処方された薬を飲み続けたために今度は胃を荒らし、急性胃炎になって近所の救急病院に駆け込んだ。「痛いよ、痛いよ」と布団にくるまって泣いたのは20年ぶりだろうか。更に餃子食べていた時に歯が欠け、どうやら内側から虫歯になって溶け出したらしく、神経を取らなければならない歯が3本も見つかった。これまた苦痛の日々である。
 今年春から準備をして夏に書き上げたある映画脚本は、スポンサー・サイドの懲罰ものの大チョンボによって流れつつあり、もう1本ハコ書きまで終えていた映画企画も主演男優の心を動かすことはできずボッとなった。今年下半期の勝負作と気合いをいれていた2時間ドラマも、主演女優サイドの視聴率至上主義によって実現不可能となった。
 ここまで悪いことがよくまあ続くものだ、と思う。
 どうやら史上最悪の秋になりつつあるが、場末の酒場でクダも巻かずに精神状態を保っていられるのは、完成したての映画『ラストソング』のお蔭である。
 2年前の春から脚本作りを始め、博多や日本海沿いのシナハン旅行を重ね、延べ10数人の音楽関係者の取材をし、8回の改訂作業でやっと決定稿を出したという仕事だった。
 監督は杉田成道さん。『北の国から』などで知られるフジテレビのディレクターで、以前に2時間ドラマでご一緒したことがあった。
 この映画製作は、今の日本映画界における一種の美談だと思う。
 東宝宣伝部の中川敬氏が、数年前『優駿』で監督と仕事をした時、「わが子に10年後に見せて、一緒に語り合える映画を作りたい」と酒揚で話したことが始まりだったという。そこに監督の朋友であるフジテレビの山田良明氏が加わり、この仕事がプロデューサー・デビューとなる東宝映画調整部の瀬田一彦氏が参加、やがて僕が脚本家としてご指名にあずかった。
 最初の1年目は、この仕事はひょっとしたらホン作りだけで終わってしまうかもしれない、と気持ちのどこかで覚悟していた。それほど、この仕事は映画青年たちの夢に満ちていた。夢を見れば見るほど実現の可能性は希薄になっていく……というのが現在の映画界の常であるからだ。
 実際、僕が知らない場所で脚本が埋もれてしまうような局面がいくつもあったようだ。その度に持ちこたえることができたのはブロデューサーの熱意による。中川氏は幾度となく「死ぬまでに1本、映画をプロデュースできれば本望」と言っていた。
 やがて完成。9月22日ゼロ号試写を見た時、やっと自分にも「オリジナル脚本の代表作はこれです」と胸を張って言える作品ができ・・・・・・と思った。
 たとえ『映画芸術』の覆面脚本家に皮肉られようと、観客嫌いの某映画評論家がこの映画に泣く観客を小馬鹿にしようと、報知新聞と週刊文春の星取り表が全部1つ星だったとしても、僕はこの映画を誇れる。
 この映画は観客に媚びていない。青春映画だが、現在の青春を謳歌している若者たちにスリ寄ってはいないし、風俗という弱い地盤に立っている物語でもない。そのため、見る人によっては「古い」と一言で片づけるかもしれない。僕は「普遍的」という言葉を使いたい。その意味で、監督や中川氏の当初の目的通り、 この映画は僕にとっても10数年後の子供たちに贈る手紙になった。
 公開まであと4か月。僕が今こうしてフキまくっていることがその通りか、どうか映画館で確かめてほしい。
 さて公開に先立って、映画は第6回東京国際映画祭インターナショナル・コンペティションに出品された。
 結果は新聞報道で御存知の通り、主演の本本雅弘君が最優秀男優賞に輝いた。
 確かに彼の演技は素晴らしかった。撮影にお邪魔した時、彼はしきりに、このロックスタアの男っぼい台詞を喋るのが恥ずかしいと言っていた。清水の舞台から飛びおりるつもりでテンションを高くしてカメラの前に立ったのがよかったのかもしれない。傲慢で尊人てそれでいてスタアの夢から転がりおちてゆく男の悲しさは、見る者を涙させる。 『蒲田行進曲』の銀ちゃん以来の、魅力あるハイテンション・キヤラクターだと思った。
 10月1日上映の当日。オーチヤードホールの2階指定席。僕は杉田監督とお客様の田中邦衛さんに挟まれ、背後には市川崑監督がいらっしやるというモノ凄い場所で、3度目の鑑賞にもかかわらず、『ラストソング』にまた泣いた。この性格が直らない。自分の作品を見て過剰に反応する自己愛。
 東京国際映画祭に自分の脚本作品が正式招待されたのは、実は2度目である。
 最初は4年前。『ラッフルズホテル』という映画。期しくも、あの時の主演俳優も本本君だった。映画が始まって数分ぐらいして、外国人記者の間から失笑が聞こえた。僕はその時のオーチャードホール上映で、初めてあの映画を冷静に見ることができた。紛れもない失敗作だと思った。しかも自分の仕事の領城外で失敗になったことが、悔しかった。エンドタイトルにプロデューサー名と監督名が英語字幕で出る。僕はその時思った。やめてくれ。どうか脚本タイトルは出ないでくれ。国辱モノの出品作品と言われたこの映画の責任は、奥山さんと村上龍のお2人で取ってくれ。外国の方々に、この映画で僕の名前いを覚えてほしくない。
 しかしやっぱり出てしまった。そういう悪い記憶があったから、僕の脚本で本本君の主演というのが、『ラストソング』にとって変なジンクスにならねばよいが、と思った。どうやら4年前の厄払いは済んでいたようだ。最近、八雲の氷川神社は僕の味方なのだ。

『ラストソング』のゼロ号を見た日に、前々から話がありながら断り続けてきた小説化の話を引き受けることにした。
 脚本家とは一番仕事が早く終わってしまうスタッフである。撮影中も寂しい。だからこそ、仕上がりの素晴らしさを見た時には、これから1人歩きするものとして手放すのではなく、もう少しこの作品と関わっていたいと思う。
 だけど、すでに終わった仕事に再び1から取り組むということは、相当のエネルギーを要する。この映画の完成度が、情熱を与えてくれたのである。小説は9月末から始め、実働11日でペラ400枚を書いた。何かに取り憑かれてキーを打ち続けたとしか思えない。
 スティーヴン・キングの足元にも及ばないだろうけど、映画では描ききれない登場人物の内面描写に心血を汗いだつもりである。
 
 僕らの世代の作家はフジテレビと仕事しても共同作業という形でうまくやれる、それは何だろう……と先輩作家は考えるらしい。
 共同作業の実際については一般論では語れないと思う。ましてや「こいつらは仕事相手と喧嘩をしたくないヤワな世代なんだ」という世代論でくくられたくもない。
 誰から出発した企画なのか。そこでまず情熱の力関係が決まる。
 製作規模による締めつけはキツイのかユルイのか。それによっても共同作業の枠組みは違ってくる。
 それぞれの得意技は何なのか。例えば作家の真骨頂がストーリー・テリングならば、プロデューサーが作家を雇った時点でその能力を期待され、いい仕事ができる環境と猶予を与えられたはずである。監督やプロデューサーたちとの『見合い』さえ間違ってなかったら、脚本作業におけるお互いの得意技は尊重されるはずである。共同作業というのは、心優しい譲り合いとは違う。
 物語全体のバランスと相手の得意技を考えた時に、問題点について100%こだわって突っ張るか、60%こだわって相手の声に聞く耳を持つのか、そういう判断を、変な意地に振り回されないで持ち続けることではないか。
 実際、改訂作業の現場になれば、シーンの連鎖や台詞の1つ1つに、脚本家と監督にはそれぞれの思い入れがある。局面局面によって、作家も監督も、狼になったり羊になったりするのである。
 小説『ラストソング』は12月半ばにも出版される。脚本の改訂作業でそぎ落としたことを復活させた、ある意味で、『原作』と言えるかもしれないこれを読み、次に映画をご覧戴き、合わせて出版されるシナリオ決定稿も読んで戴ければ、局面局面における僕と監督との綱引きがいかに行われたのか、少しは分かってもらえるんじやないだろうか。

野沢尚著より


2008-11-06 15:59  nice!(0)  コメント(2)  トラックバック(0) 
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コメント 2

えーわい

文中に~東宝宣伝部の中川敬氏が、数年前『優駿』で監督と仕事をした時、「わが子に10年後に見せて、一緒に語り合える映画を作りたい」と酒揚で話したことが始まりだったという。そこに監督の朋友であるフジテレビの山田良明氏が加わり、この仕事がプロデューサー・デビューとなる東宝映画調整部の瀬田一彦氏が参加、やがて僕が脚本家としてご指名にあずかった。~とありましたが、くしくも初上映から14年たった今年、公式サイトのオフ会で「ラストソング」の再上映会がありました。ここに書かれている通り、“普遍的”な作品は色褪せることなく残ります。製作にかかわった全ての人の情熱が今でも伝わります。DVDが無いのが残念でなりません。またいつか機会があれば是非観たい作品です。
by えーわい (2008-11-08 12:57) 

野沢

えーわいさま

そうですね。
野沢作品の多くは「普遍的」なものが多いです。
今見ても全く古さを感しさせないし、人間の本質について多くのことを考えさせられ、感動し、優しい気持と希望を持たせてくれます。(手前味噌でしょうか^^;)
少なくても私はそう思っています。
皆様もそのように感じてくれてるとしたら、野沢も喜んでると思います^^
少しでもDVD化していただけて、もう一度野沢作品が見れたらいたいと思います。





by 野沢 (2008-11-10 09:41) 

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