映画館にわりと似合うホームドラマ [「映画館に、日本映画があった頃」]
映画館にわりと似合うホームドラマ
連続ドラマの放送が終了して1週間、構想から最終回脱稿までの半年間の仕事を振り返り、いささか余韻に浸っている。
視聴率(という元々イイ加減な数字による評価)は最終回17.8%、あの状況下では合格ライン。なかなか中盤は数字が上がらずストレスに苛まれたプロデューサーも、これならば恥ずかしくない戦果だろう。
今回ほど、反響の多かった仕事もなかった。
毎回終わる度に熱烈なファンの方々から手紙を戴いた。返事を書けなかったことを、この場をお借りしてお詫びします。
もちろん批判もあった。不倫して男を奪って結婚して、子供を産んだものの亭主に女扱いされずに本能のまま主婦売春に走るヒロインは、頭が空っぽで共感できない。こういう風な感想を寄せる人は、おそらく家庭生活における寂しさなどというものには無禄で、幸せな毎日を送ってらっしゃるのだろう。あのヒロインが抱えた悲哀を皮膚感覚で分からないと、こういう感想になってしまう。
このドラマにはハードルが沢山ある。いくつものハードルが視聴者を振るい落とし、不遜な言い方をさせてもらえば、選ばれた者しか楽しめない仕掛けになった。
河毛監督流に言うと「このドラマは会員制クラブ」ということだ。
ついてこれない方は、ついてこなくて結構。
ついてきてくれたら平均13%の人々には(×70万人と計算して910万人。本当なのだろうかこの数字は。やはり鵜呑みにはできない……)とにかくありがとう。
当初は発売の話もあったシナリオ集が視聴率のせいで発売できなくなったのは残念だけど、再放送や、未公開シーンを足した11月のビデオ化の析りには、もう一度噛み締めてもらうとありがたい。中盤からサスペンス調になって戸惑った人も多かったようだけど、ちゃんと夫婦の物語に昇華していたと自信を持って言える。
新作は1年後。その節はもう一度ハードルを越えてもらいたい。僕としては、次は人が死なない話にしようと思っているけど……
で、ドラマの衣替え。
7月開始の連続ドラマにはホームドラマが目立つ。4月期に我が軍が相手にした裏のドラマが予想道りの好成績を残したことを受けて、「大家族ドラマで数字を取れる!」という各局の読みである。
時代はイージー・ウォッチング。
何も与えず、平穏にドラマを見たい。仕事から疲れて帰ってきた上に、ハードルなんか越えたくないのだ。
ホームドラマは映画の世界にもある。
しかし映画という媒体では、平穏な家族状況をただ平穏には捉えない。
ブラウン管と茶の間の距離感に負けないためには、切り口だ。
『逆噴射家族」や『ひき逃げファミリー』のような破壊力や、切っ先の鋭さ。
『本村家の人々』のようなブラックなヒネリ。『お引っ越し』のような繊細な美術工芸。
テレビでは見れない映画館ならではのホームドラマ、という匂いを観客に感じさせないと、このジャンルは成功しない。
渋谷エルミタージュ『毎日が夏休み』を見に訪れた観客は、どんな匂いに誘われたのだろうか。
登校拒否の中学生と、出社拒否の父親が、社会常識とありふれた価値観に背を向け、軽やかに仕事人として独立する。
娘は父親によって、子供としてではなく一個人として必要とされることの感動を知る。
エリート独特の、人の痛みが分からない父親は、娘によって、人間を支配している『感情の濃さ』を知る。
人間理解の物語を、この映画は教条的ではなく、夏草の上に広げられた童話のような語り口で描く。
楽天的で清潔である。
見終わった後の清涼感は、最近の日本映画では珍しい。
観客が元気になって映画館を出てくれることを、作り手たちは何より析ったのだろう。
僕も何となく元気になれた。
僕にも、夏の日の満ち足りた暖かさが訪れそうな気がした。
しかし新玉線で仕事場に戻れば、現実は容赦なくそこに横だわっていて、永遠に続く夏休みなどというものは、はかない夢であることを知る。
あの映画のヒロインも、おそらく近い将来、夏の終わりを思い知らされるに違いない。
世界は単純ではない。
その残酷な暗喩までは、映画は描いていなかった。
地面から5ミリほど浮いたようなエリート脱落組の父親を、佐野史郎はプラスチック的に表現しながらも、不思議と暖かな体温を感じさせた。
しかし、彼は現状の何が耐えられなくて出社拒否したのだろう。
中盤で出てくる元同僚たちが、主人公たちの激励パーティをしながらも、心の底では笑っている。
娘の言葉を借りると、「お父さんはああいう人々と仕事をしたくなかった」ということらしいが、あの程度の連中に嫌気が差して脱サラしたんだとしたら、この父親はちょっと繊細すぎやしないか。
映画がすでに出社拒否しているところから始まるのでそれまでこの父親が置かれていた状況が分かりにくくなっている。
風吹ジュンの母親は、簡単には夫と娘のレールを外れた生き方に共感せず、最後まで俗物であり続けたのがイイ。
僕のドラマでは、風吹サンは主婦売春をする女の役を微妙に湿度をこめて演じてくれた。
後半、母親が売春をしていることを知った息子がホテルに訪ねてくる。そうとは知らない母親は、下着姿の痴態で息子を迎える。
ドラマの本線とは無関係なエピソードだが、風吹ジュンさんが出演してくれると聞いた時に、どうしてもこの末路を演じてもらいたかった。女優へのラブレターである。打ちトげパーティで本人にそう言いたかったけど、恥ずかしくて言えなかった。
『毎日が夏休み』に話を戻そう。
娘役の新人は批評家がこぞって褒めちぎるほど僕は魅力を感じなかったが、学校を捨てて父親との仕事へ向かう跳躍感がすがすがしい。
この役者3人の魅力と、映画全体に漂う楽天主義と、演出のフットワークが、さて、どれほどの観客を集めたのだろうか。
上映館数と製作費に見合った動員が果たせたことを願っている。
毒がなく、凄味もなく、目を覆いたくなるほどの崩壊も起きない。しかしこれは、あるセンスによって切り取られた、決して平凡ではない家庭劇である。
そういう映画が今、本当に商品として成立するのかどうか、とても興味がある。
この頃、日本映画を見る時に、こういう余計な心配をしてしまう。
アニメが稼いでいるうちに、何とか新しい芽を、慌てずに、慎重に、確実に、育ててほしいと思うのだ。
テレビドラマの家庭劇は相変わらずで希望もないし、期待もない。飽きられるまで早くやり尽くしてほしいとさえ思う。
映画にホームドラマの芽があり、一挙に小津世界まで戻れるのだとしたら……嬉しいのだが。
野沢尚著書より
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1%、100万人と聞いたことがありましたが、
70万人程度なんですね~
「鵜呑みにできない」には少々笑ってしまいました^^
映画でホームドラマ、家族をテーマにした作品が増えてくれると
嬉しいですよね。小津さんの作品もリメイクして欲しい作品がたくさんあります♪
by gyaro (2009-09-28 04:35)
gyaroさん
nice!とコメントありがとうござます。
視聴率に縛られ過ぎて、いいドラマが少なくなった気がします・・・
小津監督の作品も素敵ですよね。
長野県に記念館がありましたよ~^^
by 野沢 (2009-10-01 22:13)
長野は父の実家があるので、
ぜひ行ってみようと思います^^
教えていただいてありがとうございます♪
by gyaro (2009-10-11 10:37)
gyaroさん
長野県の蓼科です。
プール平のあたりだった気がします。(もう少し上かな?)
私自身はいつも通って見るだけで、中は見学したことないのですが、そんなに規模は大きくなかったかと思います^^
by 野沢 (2009-10-11 21:17)