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「水曜日の情事」シナリオ集あとがきより(2) [小説]

6月2日のつづき

 書くのが楽しくてしょうがなかった、と書いたが、それはちょっと強がりで、書くことは実に辛い作業だった。
 人に見せるのはもっと辛い。
 ウチの子供たちだ。小学5年生の息子と3年生の娘は、この頃、父親のドラマをオンエアで見るようになった。 「反乱のボヤージュ」で感動した3日後に、この不謹慎なドラマが始まった。毎週、パジャマを着て歯を磨いて、いつでも寝られる用意をしてから見ている。
 第3回のラスト、あの激しいラブシーンを見てしまった娘は、眼鏡の奥から冷たい眼差しで僕を見て、こう言い放つ。
「パパ、エロいよ」
息子が続く「エロエロだよ」
第4回の初回のシーン、情事の後、詠一郎が心の中で呟く。
「すごい。すごすぎる。歩いて帰れるだろうか」
意味を訊かれたらどう答えようかと、その日、朝から憂鬱だったが、彼らは問わないでくれた。
「体の相性がこんなに合う男性、私初めて。もの凄い声、あげちゃった」
娘は15年か20年くらいしたら、この台詞の意味が理解できるようになるだろうか。いや、そんなことを無理して理解する必要はない。
 女性の幸せはそんなことだけじやないぞと、いつか言ってやらねばなるまい。


 奥村チョさん。
 もしドラマの打ち上げにいらして、「恋の奴隷」を目の前で歌ってくれたら、僕は感涙にむせぶだろう。
 確か小学校の4年生だったと思う。
 自分の小遣いで大人のレコードを初めて買った。それが奥村チヨさんの4曲入り33回転のレコードだった。「嘘でもいいから」と「恋泥棒」と「恋の奴隷」と「恋狂い」が入ったやつだ。今目の前に置いてこの原稿を書いてる。
 あのねっとりした歌声に、10歳にして大人の女の色気を感じたのだ。
 それを妻に話すと、「変な子」と言われた。 褒め言葉と受け取っておこう。そのくらい「変」でなきゃ作家にはなれないのだ。
 川内康範さんもなかにし礼さんも、歌っている奥村チヨさんもそんなつもりではなかったかもしれないが、彼女の唄う歌は全て「愛人ソング」に聞こえる。
 いつか自分のドラマでフィーチャーしようと、虎視眈々と狙っていたのだ。
「逃げる恋なら、つかまえてみたい/私あなたに恋狂い、恋狂い/追いかけて、ああ追いかけて、ふり捨てられて/泣きながら、ああ泣きながら、すがりつく/つめたくされるほど、燃えるのよ燃えるのよ」(「恋狂い」より)
 男性社会における憧れの愛人象、というような歌詞で、田島陽子女史が聞いたら噴飯ものかもしれないが、まさに天地操のメンタリティーにつながる。
 撮影前に石田ひかりさんに会った時、「とにかく奥村チヨを完全にコピーできるようにしておいて下さい」と要望したほどだ。

 朝9時半、奥村チヨヒットメドレーと久保田利伸さんの「キャンディー・レイン」を聞きながら執筆を始める、という日々はとうに終わっている。
 人が死なないサッカー小説を書き、人がたくさん死ぬミステリー小説の仕上げをし、また多数の犠牲者が出そうな連続ドラマを準備している。
 世の中は死臭に満ちている。
 しかし作家は現実を追いかけてはならない。現実の方から追いかけてくるような虚構を書くのが、おそらく作家の仕事だろう。
 水曜日の夜、街には妻帯者と愛人とのよからぬ愛が満ちている。
 今の世界情勢に比べたらどうでもいいことかも知れないが、巷ではそんな現象がきっと起こっているに違いない。
 僕は真っ直ぐ家に帰るけど。
 
2001年11月14日

 全11本の脚本を改めて読み返してみて、「男と女の物語を書くのはしんどい」と独りごちた、第6回放送の水曜日に
                                                        野沢尚



                                    「水曜日の情事」あとがきより

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あとがきを読んで記憶っていい加減だなと思いました。子どもたちも一緒にドラマを見ていたんですね。私の記憶では、朝学校が早いので寝かせていたように思っていました。
文章を読みながら当時の楽しそうな光景が浮かんで懐かしかったです。
16歳になった娘もこのドラマの記憶はまったく無かったようで、今回の再放送を初めて見るように楽しんでいました。
文章中で野沢が心配していたこともまだ完全には分からないと思いますが、もう少し大人になってこのドラマを見た後に、このあとがきを読ませてあげようと思います。


2009-06-04 17:53  nice!(2)  コメント(5)  トラックバック(0) 
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コメント 5

gyaro

おはようございます^^
この『あとがき』、何度読ませていただいても
思わず笑みがこぼれてしまいます。

褒め言葉だったんですよね(笑)

『反乱のボヤージュ』も生で拝見させていただいてましたが、
もっとずっと後の作品のような気がしていました。
記憶ってホントにいい加減です^^;
by gyaro (2009-06-05 09:53) 

野沢

gyaroさん
nice!とコメントありがとうございます。

そうですね。
記憶ってあいまいなものなんですね。

野沢は毎日日記を付けていたので、いろんなことを正確に覚えていました^^
たまに、「〇年前の今日は何してたと思う?」なんて聞かれて、考えてると、こんなことがあったじゃない、なんてことがよくありました。
たぶん、時折過去の出来事や過去の自分を振り返ってみることをよくしていたのではないかと思います。


by 野沢 (2009-06-08 18:56) 

野沢

漢さん
nice!ありがとうございます。
by 野沢 (2009-06-08 18:57) 

koi

野沢さんの執筆中の情景が浮かんできますね♪

作品の細部にまでこだわり、その豊かな想像力で物語を作り、一方で子供たちの気持ちにドキドキしたりと微笑ましく読ませていただきました。5年後、10年後のお子さんたちの感想も楽しみですね(*^_^*)
by koi (2009-06-13 22:36) 

野沢

koiさん
いつもコメントありがとうございます。
昔から野沢の書くエッセイは面白いと思っていましたが、本人亡きあとに読むと存在を感じられていいです^^
息子はあまりドラマ作品を見たがらないのですが、娘の方はすかりファンになっています。
もっと大人になってからの反応が楽しみです^^

by 野沢 (2009-06-14 00:42) 

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